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『スピード王国を牽引した猛々しき戦士』


【2011年 オーシャンステークス】

 カレンチャン(スプリンターズS、高松宮記念)に続き、ロードカナロア(スプリンターズS2回、高松宮記念、安田記念、香港スプリント2回)でも頂点を極め、スピード王国を築いた安田隆行厩舎。ただし、両馬に先駆けて頭角を現し、ステーブルに初となるスプリント重賞をもたらしたのはダッシャーゴーゴーだった。
 日本の短距離界を支えたサクラバクシンオーが父。母はアメリカで1勝したネガノ(その父ミスワキ)であり、重賞(イヤリングセイルズS)に勝った祖母マダムトレジャラーに連なるファミリーである。同馬の兄姉にビッグシャーク(5勝、地方5勝)、ホワイトヴェール(3勝)らがいて、ダッシャーワン(6勝)やサンライズネガノ(4勝)は半弟にあたる。
 調教パートナーを務めた安田景一朗調教助手は、こう若駒当時を振り返る。
「2歳6月の入厩直後から、攻め馬は動きました。デビュー戦(7月の小倉、ダート1000m)も楽々と勝利。ただ、母の仔はみなダートタイプです。芝適性となると、半信半疑でしたね。それが、小倉2歳S(クビ差の2着)でも勝ちに等しい走り。ききょうSは完勝でしたし、抜け出すときの脚が速かった。末恐ろしい馬だと思いました」
 だが、京王杯2歳S(4着)、朝日杯FS(12着)と期待を裏切る。3歳春も力んで走りがちな特徴が災いし、ファルコンS(4着)、マーガレットS(8着)とも消化不良に終わった。
 きっかけがつかめたのがCBC賞(2着)。ゲートをそろっと出し、末脚勝負に徹したところ、大外を豪快に強襲した。続く北九州記念は4コーナーで外に振られ、11着に敗れたものの、肉体面も着々と強化されていた。
 セントウルSでは、ついにタイトル奪取に成功する。無理せずに中団を進み、早めに抜け出しながらも後続を完封。手綱を取った川田将雅騎手にとっても、かつて所属した安田厩舎の管理馬による初重賞制覇となっただけに、喜びは格別なものがあった。スプリンターズSでもメンバー中で最速の上がり(3ハロン33秒5)を繰り出し、ハナ差の2位で入線した。ところが、他馬の進路を妨害して4着に降着。後方の位置取りが響き、京阪杯も10着に敗れる。
 陣営は汚名返上に燃え、翌春の緒戦となったオーシャンSに向けて渾身の仕上げを施した。その思いに馬もきっちり応える。なだめながら好位を追走。直線も力強く伸び、充実期を迎えていた王者のキンシャサノキセキを完封した。
「過剰にテンションを上げることなく調教できるようになり、びしびし攻めてもまったくへこたれないまでにパワーアップ。完成の域に入ってきた手応えがありました。しっかり追えば、どんどんいい体付きになっていく。だから、仕上げに迷いはなく、久々でもきっちり照準を合わせることができたんです。ほんの少し幸運に恵まれれば、G1に手が届くはずの器でした。苦い経験があったからこそ、馬も人も学んだことは多い。ただ、相変わらずスムーズさを欠くことが多く、ずいぶん歯がゆい思いをしましたね」
 しかし、高松宮記念で再び降着(4位入線も11着)。58・5キロのトップハンデを跳ね除け、CBC賞を豪快に差し切ったが、結局、これが最後の勝利となる。無念の15連敗を喫した。
 それでも、キーンランドCではわずかハナ差の2着。6歳になっても、シルクロードS、オーシャンSと2着に健闘した。ダートに挑んだJBCスプリントを含め、3着も3走ある。シンガポールのクリスフライヤーインターナショナルスプリント(10着)に関しては、ゲートで落ち着きを欠いたうえ、道中で落鉄する影響があっての結果だった。
 屈腱炎を克服し、翌年のセントウルS(14着)で復帰したものの、1年4か月ものブランクは大きかった。翌春のオーシャンS(14着)を走り終え、引退が決まった。
 すっかり不運なキャラクターが定着してしまったとはいえ、成績以上に中身が濃いパフォーマンスを演じたダッシャーゴーゴー。常に前向きなファイトを燃やす姿は、いまでも関係者や多くのファンの記憶にしっかりと焼き付いている。
 


第6回 オーシャンステークス(GⅢ)
1着ダッシャーゴーゴー 牡4 58 川田将雅  安田隆行
2着キンシャサノキセキ 牡8 59 Uリスポリ 堀宣行
3着レッドスパーダ   牡5 56 横山典弘  藤沢和雄

 単勝  700円
 枠連  590円
 馬連 1,590円
 馬単 3,210円

3連複  1,520円
3連単 10,080円




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