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『日本競馬に新時代を築いた圧倒的なパワー』


【1995年 弥生賞】

スプリント部門へキンシャサノキセキやストレイトガール、コイウタ、エイジアンウインズといったマイル女王、驚異の日本レコードを叩き出したダノンシャンティ、待望のクラシックホースとなったイスラボニータ、さらにダート界にはカネヒキリ、シャトル先での成功作としてもドバイシーマクラシックに勝ったサンクラシークなど、多彩な才能を送り出したフジキセキ。内国産種牡馬としては歴代トップの勝利数を量産している。
 日本競馬を一新させたサンデーサイレンスのファーストクロップ。母はアメリカ生まれのミルレーサー(その父ルファビュルー、英米2勝、G1・ベルデイムS4着)だ。曾祖母の半兄にミルリーフがいる名門のファミリーであり、同馬の半姉にマーメイドSなど6勝したシャイニンレーサー、全弟にもアグネススペシャル(5勝、オールカマー2着、新潟記念2着)ら。垢抜けた好馬体を誇り、社台ファームでの育成時もクラシック候補との評価を受けていた。
 2歳6月に栗東トレセンへ。ゲートが苦手であり、試験の合格には5回のチャレンジが必要だったものの、動き自体は若駒離れしていた。8月には新潟の新馬(芝1200m)で、いきなり衝撃のパフォーマンスを披露。大きく出遅れながら、直線であっさり突き抜け、2着に8馬身差。夏競馬からサンデーサイレンス旋風が始まっていたなかでも、その爆発力は抜けていた。
 初戦は小倉で騎乗していたために手綱を取れなかった角田晃一騎手(現調教師)だったが、もみじSよりコンビが定着。単勝1・2倍の人気にふさわしく、終始、馬なりのままでレコードタイムを叩き出した。2着は同じ父を持ち、翌春にダービーを制するタヤスツヨシだった。
 ホースマン人生の礎となった名馬について、角田師はこう振り返る。
「すべての部分で規格外。あの乗り味は生涯、忘れられない」
 朝日杯3歳Sも1・5倍の断然人気。スタートが良化したぶん、かかり気味に先行したが、直線では楽々とトップを奪う。後方からスキーキャプテンが強襲しても、いつでも突き放せる手応え。鞍上はステッキも入れず、ゴールを通過させた。
「ここも楽でしたね。エンジンが違い、加速するときの迫力はすごいですよ。まだ3戦目ですからね。どこまで強くなるのか、楽しみでなりません」
 と、まだ24歳の若きジョッキーは笑みを浮かべた。
 G1の栄光も、同馬には通過点。クラシックに向け、弥生賞より再スタートを切った。3コーナーで押し出されて先頭に立ったところへホッカイルソーが迫り、外からいったん前へ出られる。だが、「輝石」が閃光を放ったのはそれから。抜群の闘争心とパワーで盛り返し、ラストでは2馬身半も差を広げた。誰もが驚愕するパフォーマンスだった。
 ところが、左前脚に屈腱炎を発症。惜しまれつつターフを去ることとなる。「無事ならば」と話してしまえば、同期のクラシックホースのすばらしさを否定してしまうと考え、主戦は無念の気持ちをぐっと胸にしまい込んだ。
 宿願を果たしたのが、2001年のダービー。同じ馬主の所有であり、同じ渡辺栄厩舎の同じ厩務員が手がけたジャングルポケットで、誰もがあこがれる栄光を手にしたのだ。一方のフジキセキも、2013年に種牡馬を引退(15年12月没)するまで、長年に渡ってリーディングサイアー争いの上位に名を連ねた。
 奇跡的な才能を秘めた血脈は二世たちにバトンタッチされ、どんどん枝葉を広げている。将来に向けても、競馬史にはっきりと軌跡を刻んでいくに違いない。
 


第32回報知杯弥生賞(GⅡ)
1着フジキセキ   牡4 55 角田晃一 渡辺栄
2着ホッカイルソー 牡4 55 蛯名正義 田中清隆
3着ハシノタイユウ 牡4 55 高橋和宏 佐藤和伸

 単勝 130円
 枠連 220円
 馬連 360円




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